「日本文学」担当の上野麻美です。
例えば『源氏物語』「帚木」の巻にある、俗に「雨夜の品定め」と呼ばれる場面を考えてみましょう。五月雨が降り続く梅雨の夜、主人公源氏を含む四人の男たちが、つれづれに恋愛談義を交わす有名な場面です。
話はまず「女は上中下の三ランクに分けられるが、とりわけ中クラスに魅力的な女が隠れている」というコンセプトの提示で始まり、若い源氏に他の三人が過去の女性遍歴を語る、という趣向で展開します。まだ恋愛経験の少なかった源氏は三人の話に大いに刺激を受け、この場面は物語のその後の展開にも色濃い影を落とします。
もし梅雨がなかったら「雨夜の品定め」は生まれなかった、と私は思います。降り続く雨で夜遊びにも出かけられず、暇をもてあました男たちが集う、という設定なくしてこの場面はなかったと断言します。もしこの日が晴れていれば彼らは恋人のもとを訪れるのに忙しく、野郎同士で恋バナする暇などなかったはずです。もちろん元カノを思い出すことなど微塵もなく、今カノのご機嫌とりに必死だったに違いありません。
……と、あらぬ妄想に耽っていると、研究室の窓の外も雨脚が強くなってきました。長雨のつれづれに思い出すのが元カレではない、という寂しい我が境遇が歎かれます。
我が身世にふるながめせしまに…古歌がしみる梅雨の夕暮れです。