2017年9月24日日曜日

【学問のミカタ】終わらない羽音(ブーム)の熱

 はじめまして。「外国文学Ia・Ib」、「スペイン語」などを担当しています山辺弦です。今回の【学問のミカタ】では、私が研究しているスペイン語圏ラテンアメリカ文学について、初の記事執筆ということもありごく入門的にご紹介したいと思います。

 「スペイン語の小説」と聞いて、みなさんは何を思い浮かべるでしょう。『ドン・キホーテ』? ご名答!(くれぐれも、『ドンキ・ホーテ』ではありませんよ!)でもこれは、今から400年以上も前にスペインで書かれた小説。新大陸発見以降に世界中に広まったスペイン語は、今では世界第4位の話者人口を持ち、20以上の国や地域で公用語とされる巨大言語になっています。これらの地域の大半を占めるのが、スペインの植民地となったメキシコ、ペルー、アルゼンチン、キューバなどのラテンアメリカ諸国です。当然「スペイン語の文学作品」はこれらの地域でも盛んに生み出されており、何も「スペイン」という国だけの専売特許ではないのです。

 こう話すと驚かれる方も多いのですが、それは一部には、「ラテンアメリカ文学」というものに対してあまりイメージが湧かない、ということでもあるでしょう。確かに二十世紀の前半までは、一部の傑出した作家たちの作品を除いて、ラテンアメリカ文学は世界的な規模での認知を十分に受けてはいませんでした。これを一変させた出来事が、主に1960年代にヨーロッパを中心として起こった、ラテンアメリカ文学(特に小説)の「ブーム」、すなわち大流行です。ガルシア=マルケス(コロンビア)の無尽蔵に湧いてくる奇想天外なエピソードの数々や、コルタサル(アルゼンチン)の現実と幻想を鮮やかに逆転させる完璧な短編、バルガス=ジョサ(ペルー)やフエンテス(メキシコ)が自国の複雑な姿を全体像として描くために発明した、魅惑的なストーリーと実験的手法を兼ね備えた見事な長編などは、小説の可能性に行き詰まりを感じていたヨーロッパの文学界を激震させました。この新大陸の再「発見」は、20世紀後半の世界文学における最も大きな出来事の一つだったと言ってよいでしょう。

 以来、その地位を確立し様々な作家や作品を送り出してきたラテンアメリカ文学は、「ブーム」の余韻さめやらぬ中、日本でもいち早く翻訳紹介されてきました。そして21世紀に入った近年、日本でのラテンアメリカ文学の翻訳・研究は再び史上最大級の活況を呈し、矢継ぎ早に刊行される新たな作品や作家たちが書店の本棚を彩っています。私自身も専門としている現代キューバ文学を中心に翻訳をやらせて頂いているのですが(既刊にレイナルド・アレナス『襲撃』、近刊にビルヒリオ・ピニェーラ『圧力とダイヤモンド』、ともに水声社)、このような盛り上がりの波に乗ってみなさんと傑作を共有できる巡り合わせには心底ワクワクさせられますし、その興奮を糧にすることで、普段の研究や読書、作家との交流といった活動の楽しみは何倍にも増していきます。みなさんもぜひ、書店へとくり出して、実はいまだ燃え上がり続けているこの「ブーム」の熱を感じ取り、自分だけの一冊を「発見」してみてください。

9月の【学問のミカタ】
・経済学部ブログ「文化財としての景観
・経営学部ブログ「正しいとは何か?
・コミュニケーション学部ブログ「読まない ‘h’ は保守派の印?!
・現代法学部ブログ「法律におけるたった“2„の違い——18歳選挙権から考える