「外国史I」他を担当している高津です。
10月31日はハロウィーン。皆で仮装して集まる日として、日本でもすっかりお馴染みになりましたね。パーティなどに参加する予定のある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
ハロウィーンの意味は「万聖節の前日」です。万聖節とはキリスト教の祝日。御存じのようにキリスト教はローマ帝国で迫害されていた時代、多数の殉教者を出しました。彼らの一部は聖人として信仰の対象となっており、そしてそのまた一部の者たちは独自の祝日をもっています(例:「石打ちの刑」によって死去したキリスト教史上最初の殉教者、聖ステファノの祝日は12月26日)。しかしそれほど有名でなく、自分の祝日を割り振られていない殉教聖者たちは、この11月1日の万聖節にまとめて祀られることになりました。
さらに時代をさかのぼり、ヨーロッパにキリスト教が広まる以前、10月31日は1年の終わり、大みそかでした。ケルト人は11月1日を元日に定めていたのです。そしてこの前後、10月30日から11月2日までの期間は、死者が生まれた家に帰ってくると信じられていました。この異教的な(日本でいうところの)「お盆」を、教会はキリスト教の祝祭日としてしまったわけです。
ルターによって宗教改革が開始されると、プロテスタントは聖人崇敬や迷信的な民間信仰を否定しました。ピルグリム・ファーザースとしてアメリカ大陸に渡り、後の合衆国の基礎を作った人々はプロテスタントでしたので、ハロウィーンを祝っていません。子どもたちが魔女やお化けの仮装をして、ジャック・オ・ランタンを手に家々を訪ねるというお馴染みの形式がアメリカ合衆国で広まったのは今から約200年前のこと。キリスト教の歴史やアメリカ合衆国(北米植民地)の歴史と比べて、それほど長い伝統があるわけではありません。私は仮装パーティにも興味がありますが、それ以上に、日本でブームになっていまだ数年でしかないこの祝祭がこの地で伝統として根付くことができるのか、その過程でどのような変化を辿るのか、興味があります。そしてその歴史をつくっていくのは、皆さんです!