2019年11月29日金曜日

青少年の成長を支える

 心理学ほか担当の大貫敬一です。前々回(10/16)の記事で野田淳子先生が特別授業「多様性社会に資する心理支援を実践する b」の授業を紹介していますが、今回はその続きを取り上げてみましょう。特別授業ではテーマごとにゲスト講師を招いて、現場ではどのような実践がなされているのか講義をしていただいています。11/18の回では「青少年と心理支援」のテーマのもと、NPO法人「青少年の居場所 キートス(kiitos)」代表の白旗眞生さんに「生きづらさを抱えている若者たち」と題してお話をしていただきました。

キートスの白旗眞生さん

 その内容に入る前に、皆さんが知っていることから考えてみましょう。「子ども食堂」が全国に広がっていることを知っていますか?それはどうしてでしょうか?何が課題になっていると思いますか?「貧困」、「格差」・・・といったことが思いつくと同時に、何らかの事情で皆が一緒に食事をすることができない「家族」の現状があることも想像できると思います。

 キートスは京王線沿線のマンションの2階にあります。一度訪問したことがあるのですが、夕方、3,4人のボランティアの方々が食事の用意をしていました。子どもたちに温かく栄養豊富な食事が提供されています(NHKの番組「絶品!東京リアルめし」で紹介されました)。

 しかし、文字通り食事を提供しているだけではありません。白旗さんは授業の中で「皆で食事をしていると自然に自分のことを話したくなりませんか」と学生に問いかけていました。子どもの頃に家族で食事をしながら「今日学校でこんなことがあった」と話す家庭の雰囲気を、子どもの頃も、そして現在も十分に味わうことができなかった子どもたちがいます。食事風景は家族の絆、家庭の温かさ、安心の基盤なのに、です。

 キートスでは、来るときは靴を脱いで上がって「ただいま」「おかえり」、出かけるときは「行ってきます」「行ってらっしゃい」と、できるだけ「家」のように感じられる居場所になっています。ここを訪れるのは、人との関わりがうまくいかなかったり、一筋縄ではいかない複雑な家庭環境で育つなど、「生きづらさ」を感じている青少年たちです。そのような青少年たちがスタッフに相談したり、仲間をつくったり、「誕生日会」を開いてもらったり、勉強を教えてもらったり(学習支援)、進学や就職の手助けをしてもらったりしています(教育支援・就職支援)。白旗さんは、そのような活動を青少年に「とまり木」を提供していると表現しています(NHKの番組「“止まり木”におかえり~東京調布・居場所支援を見つめて~」で紹介されました)。

 白旗さんはキートスを開設したきっかけについて、青少年は基本的に18歳になると自立する前提で法律や制度がつくられているが、現代社会では実際に18歳で仕事に就いてしっかり自立できるほど社会環境は甘くないし、精神的に未成熟な若者は少なくない、そこで18歳を超えても安心していることができる「居場所」を提供したいと考えたと語っていました。

 心理学では、精神分析理論でも愛着理論においても、人との関係において安心や信頼を感じることによって初めて次の段階に進むことができる(自立する、世界を広げる)と考えられています。精神的な意味での青年期は10歳から12歳ごろに入り、20代から30才頃までに通過していくと考えられていますが、その時期は自分の世界を造り自立していく大事な時期であると同時に、不安定で不安な時期でもあります。また、ハシゴをかけて高いところに登ろうとするとき、まずハシゴがしっかりしているか確かめるように、青年は自分自身を確かめながら次の段階に進もうとします。キートスは、そのような時期にある青少年の心身の成長を支える居場所や人との関わりを提供しているのだと思います。

 アイデンティティという概念を提唱したE.H.エリクソンは、アイデンティティの獲得とは、社会の中に心理的にも自分にピッタリな「居場所」を見つけること、と説明しています。まず「止まり木」を提供し、そこから自分にとっての社会の居場所を見つけて巣立っていく手助けをすることは、青少年の心理支援としてとても大事な仕事です。

 ところで、経済、経営、法律、行政などを学んでいる学生は、様々な支援を提供しているキートスがどのように運営されているのか興味深く感じると思います。運営資金は、個人の寄付金や賛助会会費、市の補助金や民間機関からの助成金や寄付金、フードバンクからの食品提供などで支えられ、活動に関しては様々な立場や年齢の多数のボランティアに支えられています。行政は制度上の制約や財政的な理由からこのような場を提供することができず、NPOに委託したり補助金を出しているのが現状かも知れません。そのような観点から支援の在り方について考えることも重要です。キートス(kiitos:フィンランド語で「ありがとう」)や青少年の支援に関心のある方は、キートスのホームページなどを手掛かりにぜひ調べてみてください。

授業の様子

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