2018年1月22日月曜日

【学問のミカタ】音声の世界をのぞいてみると

 英語、総合教育演習を担当している対馬輝昭です。音声学、特に、英語音声を知覚、発音する能力の習得過程を研究しています。音とは儚いもので、なにかに記録しなければすぐに消えてしまいます。エジソンの蓄音機が音の再生に成功したのが1877年、その後レコード、テープ、CD、MDと続き、最近ではICレコーダー、PCMレコーダーと、録音・再生技術は目覚ましい発展を遂げてきました。しかし、人間の声(音声)の特徴をどのように視覚化し、さらに分析すればいいのでしょう。今回は、そんな音声の世界を少しだけのぞいていただければと思います。

 音声の視覚化、分析の例として、英語学習者が発音した音声をみてみましょう。映像1は、母国語話者が発音した、”recognize”という単語を視覚化したもので、話者が発音テスト用の文章を読み、その中の一語を切りとったものです。映像2・3は、英語学習者が同じテキストを読んだものの一部です。学習者は大学1年生で、映像2は入学直後の4月に、映像3は半年後の11月に録音したものです。入学後の約半年間、授業内外で発音・英会話の学習をしました。まず、再生ボタンでそれぞれの音声を聞いてみて下さい。映像2(学習前)では「レコグナイズ」という平坦なカタカナ読みに聞こえますが、映像3(学習後)ではかなり母国語話者の発音に近づいたのがわかります。


映像1(母国語話者)

映像2(学習前)

映像3(学習後)

  では、視覚化したものの説明をしましょう。上側が音声の波形で、左から1つめのかたまりが”re”にあたります。下側がスペクトログラムと呼ばれるもので、縦軸が周波数、横軸が時間、色の濃さが、エネルギーの強さです。赤点は、周波数帯のエネルギーが強いところを結んだもので、フォルマントといいます(一番下を「第1フォルマント」、その上から順番に、「第2、第3フォルマント」と呼びます)。ネイティブ話者の母音、/aɪ/に注目してみましょう。/a/では第1、第2フォルマントがくっついていますが、/ɪ/に移るにしたがって離れていくのがわかります。このように、母音はこの2つのフォルマントの位置関係で区別されます。子音(/t/, /r/, /s/など)にもそれぞれ特徴があり、スペクトログラム上で確認することができます。

 このような知識をもとにして学習者の音声を分析すれば、どれだけ正確に英語音声を発音できているのかを、聞いた印象だけでなくデータとして示すことが出来ます。日本人学習者にとって習得が難しいことで知られる/r/に注目してみましょう。/re/の部分のフォルマントの動きに注目すると、映像2(学習前)は、第2、第3フォルマントが上から下へと動いていますが、映像3(学習後)では、逆に下から上へと動いています。実は、/r/の発音には第3フォルマントの値が重要なのですが、学習前では、約3200 Hz(ヘルツ)だったのが、学習後では2100 Hzになっており、ネイティブ話者の約2000 Hzにかなり近づいています(スペクトログラム左端の値を参照して下さい)。このようなデータから、学習者が/r/をより正確に発音できるようになったことを、客観的に示すことができるのです。

 ひと昔前までは、高額な音声分析ソフトウエアがないとこのような分析ができませんでした。しかし今では、Praatというフリーソフトが世界的に使われており、学生や一般のひとでも音声の視覚化、さらに分析を行うことができるようになりました。自分の発音を「見てみたい」ひとは是非お試し下さい。今回の記事で、少しでも音声の世界に興味を持っていただけたら幸いです。

1月の【学問のミカタ】
・経済学部ブログ「科学における理論・モデル・エビデンス-経済学の「エビデンス」とは
・経営学部ブログ「研究をするとなぜ創造的な思考が身につくのか?
・コミュニケーション学部ブログ「今を、少し遠くから眺めてみよう:自己採点中のあなたへ
・現代法学部ブログ「『犯罪』のイメージ ~平成29年度版犯罪白書より~